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「オリエント急行の殺人」(アガサ・クリスティ) 読書感想文

英国が世界に誇る、推理小説の名作。実際に読んでみるまで、こんなにも切ないお話だとは知らなかった。

「オリエント急行の殺人」のあらすじ

※ストーリーの最初の41ページ分のみを記載

ベルギー人私立探偵のエルキュール・ポアロは、フランス陸軍での事件を解決し、若いフランス陸軍中尉に見送られて朝5時に極寒のアレッポ駅からタウルス急行に乗り込み、イギリスへの帰路についた。

タウルス急行で何時間か仮眠を取った後、ポアロが熱い珈琲を飲むため食堂車に赴くと、食堂車に客は家庭教師風の若い女性1人しかいなかった。その女性は、自分の面倒は全て自分で見られるような自立した女性で、冷静で頭の切れる人だとポアロは感じた。そのうち、彼女の向かいの席にインドから来たイギリス人のアーバスノット大佐がやってきたが、2人はぎこちなく、二三言葉を交わす程度だった。

昼食で女性–ミス・デベナム–と大佐は少し打ち解けた様子を見せたが、その日夜、列車が停車した際にポアロが駅へ降り立つと、プラットホームの端で、彼女に「メアリ」と呼びかける大佐と、「今はだめ。何もかもがすんでから」と返す2人の会話を耳にする。

翌日、食堂車から火が出てタウルス急行が予定外に停車した際、ミス・デベナムは取り乱し、何としても九時発のシンプロン・オリエント急行に乗らねばならないのだ、と訴える。だが彼女の心配は杞憂に終わり、タウルス急行は5分遅れで目的地ハイダパシャへと到着した。その後ポアロは、ミス・デベナムともアーバスノット大佐とも顔を合わせず仕舞いだった。

その日ポアロはオリエント急行には乗り継がず、トカトリアン・ホテルに宿泊する予定だった。だが、1通の電報が舞い込み、急ぎロンドンへ帰るよう促されてしまう。ポアロは九時発のシンプロン・オリエント急行で帰るようホテルに手配して貰い、食堂で食事に取りかかった。そこで偶然にも、国際寝台車会社の重役でありポアロの旧友でもある、ムッシュー・ブークに出会う。そしてブークと別れた後、一見心優しい慈善家風の、だが、眼だけが狡猾そうで落ち着きなく辺りを見回している奇妙な男を見かけた。その男は初老で、感じのいいアメリカ人の秘書を連れていた。

ラウンジでブークと落ち合ったポアロだったが、ホテルの者が、今夜に限って何故かオリエント急行の一等は全て満室である、と告げに来た。重役としての立場を使ってブークがオリエント急行の一等ー寝台の提供を請け合ってくれ、ブークとポアロはオリエント急行の発車駅へと向かう。駅に着いても、やはり九時発のオリエント急行一等寝台車は予約で全て満室だったが、発車間際になっても現れない乗客の部屋をブークはポアロにあてがってしまい、ポアロは無事にオリエント急行の乗客となった。

「オリエント急行の殺人」の読書感想文

※本作品とアガサクリスティ「カーテン」のネタバレを含みます。問題ない方のみ続きをお読み下さい。

遺族の苦しみ

殺されたり自殺に追い込まれたりして、命を落とした犯罪被害者の方々。その方々ご本人の苦しみは筆舌に尽くしがたいものだったと思うが、この小説で焦点になっているのは、家族が犯罪に巻き込まれ、家族の1人ないし複数人を理不尽に失った遺族の方々だ。

犯罪に巻き込まれ突如理不尽にも家族を失った人々は、遺族は加害者への怒りと憎しみ、遺された苦しみや辛さを味わい続ける。
しかも、加害者は法の下で正当に裁かれず、遺族のような苦しみを味わうことなく、社会的制裁を受けることもなく、被害者の命を元手に巻き上げた大金で悠々自適の海外暮らしをする。

社会通念上、このような理不尽が許されていいのだろうか、という命題を本書は投げかけている。

法で裁くことのできない犯罪

法で裁くことのできない犯罪という命題は、アガサクリスティの作品で時折見受けられる。ポアロ氏最後の推理「カーテン」もその一つで、こちらも印象的だが、私はオリエント急行の方に、より強く苦しみと悲しみを感じた。

加害者が何の苦もなく暮らし、遺族が苦しみ続けるということは、社会通念上あってはならないが、司法や法律の世界ではありえてしまう。

法で出せなかった答えを、誰がどう出すか。名探偵の出した答えの1例が「カーテン」であり、遺族の出した答えの1例が、この「オリエント急行殺人事件」だと思う。

どちらのケースも、数ある答えの中の1つでしかない。この2例以外にも、無数の答えがある。
だが、オリエント急行の遺族達が出した答えは、間違っているとは心情的に言い難い。法に従うべき一市民としてはあってはならないのだろうが、この小説を読み、法を遵守しきれなかった遺族達を糾弾できる人は、人であって人でないような心持ちがする。

「素晴らしい」と手放しでは言えないが、「よくやった、もう苦しまなくていい」と伝え、ねぎらってやりたい。そんな気持ちになる。

ポアロ氏の2つの解答

なので、我らが名探偵ポアロ氏の提出した2つの解答には、喝采をあげたい気持ちになった(笑)

本文を読み始める前に目次に目を通した際、最終章が「ポアロ、2つの解答を提出する」と書かれており、「?」となったが、読後は遺族全員と鉄道会社の両方に配慮したポアロ氏の解答に痺れた。

テレビドラマ版「オリエント急行殺人事件」

名探偵ポアロシリーズは、アガサクリスティの原作とデヴィッド・スーシェ主演のTVドラマシリーズの両方を楽しむ派なのだが、本作のTVドラマ版は映像が恐ろしく美しかった。

オリエント急行の内装の美しさもさることながら、オリエント急行を彩る風景の美しさは、言葉では表現しがたい。暮れゆく日、降りしきる雪、雪深い景色に立つ人々…。

原作から多少ストーリーが変えられており、原作であれほどのインパクトを放ったミセス・ハバードの出番が少ないのが少々気になるが、それを差し置いても一見の価値ありである。

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漫画「はじめちゃんが一番!」(渡辺多恵子 著) あらすじと読書感想文など

「風光る」で有名な漫画家渡辺多恵子さんの、初期の作品。

「はじめちゃんが一番!」のあらすじ

2歳の時生まれた弟が5つ子(!)だったため、幼くして否応なく自立させられ、17歳で家事全般と節約に精通してしまった女の子岡野はじめこと「はじめちゃん」。

芸能事務所にスカウトされ、家計を助けるためにアイドルになった弟達を通じて、はじめちゃんは超人気2人組アイドルグループ”we”の「瑞希」に恋をしてしまいます。ですが、もう一人の片割れ「江藤亮」が何かとはじめちゃんの恋路を妨げてしまい…

「はじめちゃんが一番!」の読書感想文

絵もストーリーも、とにかくかわいらしい漫画です。

女の子の視点から描かれた恋愛漫画ですが、楽しくてほのぼの読めるところがいいですね。漫画全体がどたばたしていてストーリーに勢いがあるのは、間違いなくはじめちゃんと5つ子君達の明るくはつらつとした性格によるものだと思います(笑) 

全15巻もあるのですが、自宅の漫画や小説を整理する際「はじめちゃんが一番!」は毎回生存競争に生き残ってしまうほど、お気に入りの漫画でした。
残念ながら器量があまり良くなく、貧乏でおしゃれも出来ず、弟のサポートと家事で学業の時間さえ十分に取れない、という無い無い尽くしのはじめちゃんですが、貧乏な生活で培ったバイタリティであらゆる苦難をものともせず乗り越えてしまうので、読むたびにこちらまで元気になります(笑)

少女漫画には珍しく、女の子の美人は少なく、男性の美人はたくさん出てきてしまうのは、アイドルという特殊な世界ゆえでしょうか。個人的に、男女とも美形ばかりが出てくる学園モノ等を読むと「ちょっと嘘臭いなあ..」と思ってしまう人間なので、無理な設定が少なく嘘臭さなしに楽しめる漫画である点も良かったです。

「はじめちゃんが一番!」の番外編について

「はじめちゃんが一番!」には、番外編がいくつか存在します。今までは別々の本に分かれて出版・掲載されていましたが、文庫版が出版された際、ようやく1冊の本に収録されましたので、細々と探されていた方には嬉しい1冊になっています。

「we」の2人が漫画内で主演した映画「雨に似ている」や、イラスト集に掲載されていた「はじめ&亮のはじめてのデート」、そしてweの2人の小学生の頃の話「we are」などが収録されています。

「月の影 影の海」(十二国記シリーズ) (小野不由美 著) あらすじと読書感想文

小学校高学年から大学生くらいまでの、女の子におすすめしたい小説。中学2年から現在に至るまで、私の理想の女性像は、この小説の主人公が不動の地位を占めている(笑)

 

「月の影 影の海」のあらすじ

※物語の最初の部分だけを記載

現代日本でごく普通の女子高生として生きていた主人公陽子は、ある日突然、学校に現れた見知らぬ金色の髪の男性に、異世界へと連れて行かれてしまう。

辿り着いた先の異世界で右も左も分からぬまま、陽子はさまざまな人々に騙され、裏切られ、警吏や獣に追われて危害を加えられながらも、元の世界に帰ることだけを夢見て、剣とわが身ひとつで生き延びようとするが……。

十二国記シリーズの説明

出版当初は講談社ホワイトハート文庫という10代向けライトノベルズとして刊行されたが、作者の筆力と構想のクオリティがあまりに高く大人の読者が続出したため、のちに講談社文庫からも刊行されることとなったという、折り紙つきの本(笑)
表紙・挿絵は、出版当初から変わらず山田章博さんが手がけている。

現在新潮社から発売されている十二国記シリーズの書籍は、下記の通り。(下にいくほど新しい)

「月の影 影の海」(上巻・下巻)
「風の海 迷宮の岸」(上巻・下巻)
「東の海神 西の滄海」
「風の万里 黎明の空」(上巻・下巻)
「図南の翼」
「黄昏の岸 暁の天」(上巻・下巻)
「華胥の幽夢」(短編集)
「丕緒の鳥」(短編集)
「白銀の墟 玄の月」(1~4巻)

また、「魔性の子」も十二国記シリーズの関連書籍。

新潮社の十二国記公式サイト
 http://www.shinchosha.co.jp/12kokuki/

「月の影 影の海」の読書感想文

私がこの本を読んだのは14歳の時で、ティーンズ向けのホワイトハート文庫から出版されたものを市立図書館で偶然見つけ、白い表紙に魅かれて借りて帰った。
その後、この十二国記というシリーズの本を図書館で探し出しては1冊ずつ読み、何度も読み耽り、昼食を食べずに浮かせたお金で数百円を絞り出しては、1冊ずつ手元に買い揃えた。その時揃えた十二国記シリーズは、20年以上人生の様々な激動を味わった後も、変わらず私の手元にある。

14歳の時から本の中身は一字一句変わっていないはずだが、大人になってから読み返しても作品の良さは衰えなかった。何年経っても折に触れ読み返し、そのたびに陽子に出会い、楽俊に出会い、今読んでいるページの続きを読みたいと感じる。
十二国記シリーズは出版された冊数こそ少ないが、いつどの1冊を読み始めても、同じような気持ちを味わう。

骨太な本は人ひとりの人生そのものに寄り添って、長い年月を共に歩んでくれるので有難い。14歳でこの本と出会えたのは、本当に僥倖だったと思う。

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「東の海神 西の滄海」(十二国記シリーズ) (小野不由美 著) あらすじと読書感想文

「東の海神 西の滄海」のあらすじ

※物語の始めの部分のみを記載

蓬莱の国の都は戦乱で燃え尽き、焼け跡と骸が大地を覆っていた。そこに生まれた4才の子は口減らしのため生きたまま山に遺棄される。そこから遠く隔たった常世の国でも、ムラが焼け荒れ果てた地に1人の子がまた棄てられた。
戦乱と飢餓の末棄てられた2人の子どもは、後に運命的に巡りあうことになる。

先王が民に万苦の苦難を与え、生きとし生けるものが死に絶えたかのように荒廃した延国では、新王尚隆を迎え、ようやく復興の兆しが見えようとしていた。だが、新王も新王を選んだ神獣たる延麒六太も、家臣の隙を見ては政を放り出し、下界等で賭博や遊興に興じることが多かった。

そんな折、延国の統べる9州のうちの1州元州が謀反を企てているという知らせがもたらされる。忠臣総出の叱責ののちにようやく朝議に顔を出した延麒は、朝議の最中呼び出され、18年前1度だけ出会った不思議な少年更夜と再会を果たす…。

十二国記シリーズの説明

出版当初は講談社ホワイトハート文庫という10代向けライトノベルズとして刊行されましたが、作者の筆力と構想のクオリティがあまりに高く大人の読者が続出したため、のちに講談社文庫からも刊行されることとなったという、折り紙つきの本です。

現在発売されている十二国記シリーズの書籍は、下記の通り。(下にいくほど新しい)

「月の影 影の海」(上巻・下巻)
「風の海 迷宮の岸」(上巻・下巻)
「東の海神 西の滄海」
「風の万里 黎明の空」(上巻・下巻)
「図南の翼」
「黄昏の岸 暁の天」(上巻・下巻)
「華胥の幽夢」(短編集)
「丕緒の鳥」(短編集)
「白銀の墟 玄の月」(1~4巻)

また、「魔性の子」も十二国記シリーズの関連書籍。

新潮社の十二国記公式サイト
 http://www.shinchosha.co.jp/12kokuki/

「東の海神 西の滄海」の読書感想文

延国の話が、この小説のメインストーリー。だが、もうひとつの国のストーリーが、影のように延国のストーリーに寄り添いながら、物語が紡がれていく。

ふたつの国の崩壊と再生に主人公2人の過去を絡めながら、物語が進んでいくという構成が本当に見事。日本の室町時代の戦現在の国の内乱を真正面から肉厚に書き込んで下さっているところは、他のライトノベルズにはない大きな魅力だと思う。

新旧2つの物語が同時進行しますが、どちらの結末も気になり、学生の頃は時間を忘れて読み耽った。社会人になった今でもこの本は鬼門で、一度手に取ったが最後寝食忘れて貪り読んでしまうため、家族からの評判だけがすこぶる悪い(笑)

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「BLACK JACK」 (手塚治虫著) の読書感想文

医師免許を持つ漫画家、手塚治虫さんの不朽の名作。今読んでも普通に楽しめるどころか、熱中してどんどん読み進めてしまうのが凄い。

「BLACK JACK」の説明

手術の縫い目の跡が残る不気味な顔に、真夏でも黒コート、目つきも悪ければ愛想も悪い医師「ブラック・ジャック」。

毎回患者から法外な医療費をふんだくる上に無免許医。だが、比類ない外科手術の腕を持っているので世界中から引っ張りだこ。しかも口が堅く患者に関する情報は絶対に外部に漏らさないので、各国の要人からテロ組織の首謀者、そして名もない民間人まで、他に方法の無い人々に呼び出されては、困難の伴う手術を次々と成功させてしまう。

基本的に一話完結で、どの巻から読み始めても楽しめる。極端な話、13巻15巻といった半端な巻から読み始めても十分楽しめる。

「BLACK JACK」の読書感想文

「BLACK JACK」という漫画が凄い点は、一話完結という非常に短いストーリーなのに、一話一話がとにかく深いこと。一話完結でこれほど胸に染みる話をこんなにたくさん作れるとは…と読んでるこちらが感心するくらい、ストーリーの中身が濃い。

例えば、こんな感じ。

※以下、ネタばれを含みます。要約文は当ブログ管理人が作成。


ある日ブラック・ジャックは難民キャンプに呼びつけられ、手術室もろくな機材もない状態で、大動脈に食い込んだ銃弾を取り出すという大手術を依頼される。しかもその患者は、5,000万ドルの賞金を懸けられた列車強盗。
あまりに無謀な手術にブラックジャックも一度は依頼を断ろうとするが、断り切れず、結局その患者の大動脈に別の部位の皮膚を縫いとめるという応急処置を施した。

応急処置はあくまで応急処置なので、患者が警察のいないところに逃げ延びたら改めて自分が手術を行うことを約束して、ブラックジャックは患者の元を去る。その帰路、手術を施した患者が実は義賊で、強盗をしては貧しい人々に分け与えている難民キャンプの英雄であることをブラックジャックは知った。

1年後患者から連絡を受け出向いてみると、患者はパリ警察で身柄を保護され、1年内に死刑でこの世を去る身となっていた。
患者の頼みでブラックジャックは最高の手術をやり遂げるが、元患者の死刑は変わらず、銃殺刑の場に引き出された元患者はこの世を去る最後の瞬間、銃殺刑執行者に誇らしげにある事を依頼する……


……これほど濃いストーリーが、高々20ページに収まってること自体、どう考えてもおかしい(笑) 手塚治虫って凄い。改めてそう感じる。

また、さすが医学の素養のある方と言うべきか、手術や患部の描写が細やか。臓器や血管がどの回もぼかすことなくきちんと描かれているし、医療用語も次から次へと出てくるが、説明が分かりやすい。手塚先生自身が医療畑出身の方なので、こうした描写ができるのだろう。

結局、ブラックジャックは全巻揃えてしまった。その後、この漫画のお陰で、医師を志した友人との会話に苦労しないという副産物を得た(笑) 「え、その人腹水溜まってるの? 取らなくていいの?」といったような会話が、普通にできるようになってしまった…。

「春にして君を離れ」(アガサ・クリスティー 著) あらすじと読書感想文

法律を無視した犯罪はカケラも登場しない。だが、その割にストーリーが残酷すぎると感じるのは、私だけだろうか。

「春にして君を離れ」のあらすじ

※ストーリーの最初の60ページ分のみ記載

有能な地方弁護士の妻であるジェーンは、バグダッドへ嫁いだ末娘の看病を終え、自宅のあるロンドンへ帰宅しようとした途中、鉄道宿泊所の食堂で偶然、聖アン女学院で学友だったバーバラと出会う。

女学院の頃みんなのアイドルだったバーバラが、みすぼらしい服を着、品のない話し方をして、恥も節操もなくあけすけに気ままで無責任極まりない半生を語る姿を見て、ジェーンは驚き、強いショックを受ける。
反面、未だ若々しく、弁護士の妻として家庭や地域コミュニティを切り盛りし、時には夫に変わって理性を働かせてきた自分自身を、改めて誇らしく感じたのだった。

バーバラと別れたジェーンは、列車から車へと乗り換え、次の乗り継ぎ駅であるトルコの国境の駅へと向かうが、車はぬかるんだ道に何度も車輪を取られ、車がようやく駅についたときには、予定していた列車はとうの昔に出発してしまっていた。

駅の鉄道宿泊所で一夜を明かしたジェーンだったが、宿泊所の周辺には太陽と空と砂しかなく、列車も明日まで来ないことを告げられる。
散歩をし、手紙を書き、手持ちの本を読みながら、夫や自分の身に起きた過去の情事を振り返って時間を潰すジェーンだったが、やることがない上に列車も雨でしばらく来ないことになってしまい、次第にロンドンでの日々と自分の家族と自分自身の振る舞いを思い出す時間が長くなっていく…。

「春にして君を離れ」の読書感想文

※ストーリーのネタばれを含みます。問題ない方のみ続きをお読み下さい。

名探偵ポアロシリーズとは随分毛色の違う作品で、推理モノを求める方は肩すかしを食らってしまいそうだ。当初この作品は、アガサ・クリスティではなく、メアリ・ウエストマコット(Mary Westmacott)という別のペンネームで出版され、推理モノを求める読者を失望させないよう、四半世紀近くも著者自ら箝口令を敷き、アガサクリスティと同一人物とは分からぬよう配慮していた、というのだから、本書から立ちのぼる雰囲気の違いにもやや納得である。

本書には、名探偵はおらず、殺人も詐欺も強盗も登場せず、ただイギリスのありふれた家族が二三登場する。だが、私にはこの本のストーリーが残酷で、恐ろしかった。

主人公ジェーンは若々しく、実務的で、自信に満ち溢れており、夫と家族を愛している。有能さとその自信とが、少々鼻につくくらいだ。
だが、列車待ちという手持ち無沙汰の時間が長引くほど、過去の自分と自分の関わった出来事とを思い出し、次第に自分と家族との間に生じた亀裂に距離に気づいていく。
理性を働かせ夫の無軌道を諌めたつもりが、夫の抱えていた夢を無残に突き崩してしまっていたこと、夢破れた夫は家族を守りながらも、勇気ある1人の女性への想いを募らせていたこと、等々…。

問題は、主人公の女性が、夫と家族を心から愛していることだ。多少自己中心的で、言い出したら何としてもやり通すという長所と短所が表裏一体の性格を有してはいるものの、妻として母として理性と愛情をもって長年家庭を切り盛りしていたはずが、実際には、夫の心は離れ、子どもたちからも信頼しては貰えず、真実を知らぬまま、独り道化のような日々を送っていたとは..。
悪意ではなく愛情から出た結果であるが故に、救いがない

物語のラストで主人公ジェーンには、夫に赦しを乞うか、これからも今までどおり過ごすかの二者択一が用意され、主人公はつい後者を選んでしまう。そして夫は、主人公がこれからも孤独に気づかぬようにと願う。
妻も夫も互いに優しく接してはいるが、離れた心は最後まで交わることなく、物語が終わってしまう。残酷だ。

しかも、真面目でよく働く夫に男女3人の子どもという、ありふれた家庭が題材となっているので、「この悲劇は、どこの家庭でも起こり得るものなのでは…」とつい考えてしまう。こうした流血のない悲劇が、時折起きてはニュースにもならぬまま日常に埋没しているかと思うと、下手な殺人事件よりよほど恐ろしい。

読後私は、そっとわが身を省みた。私自身、家族に見捨てられたりしていないだろうか。今は大丈夫だと思うが、良かれと思った愛情が、相手の人生を壊すほど苦しめてしまうということは…忘れない方が良さそうだ。

ロドニーとレスリーの関係

閑話休題。

ロドニーとレスリーの生き様は、よく似ている。農場や土いじりの仕事を愛し、結婚後に伴侶の過ちで苦しみを強られ、家族を守るため自らの心身を削りながらひたすら働いた。
彼らの関係性を考えるとき、シェイクスピアの詩編↓が重要な役割を果たしている。

But thy eternal summer shall not fade
汝が常しえの夏はうつろわず

上記の詩は、10月にロドニーとレスリーが燃え立つように美しく輝く森を眺めているとき、レスリーが呟いた言葉だ。この文章は、シェイクスピアのソネット集18番という、ソネット集の中で最も有名な詩の一部だそうだが、日本人にである私たちには馴染みがない。(作中で、妻ジョーンがソネット18番を夫ロドニーの面前で暗誦してみせ、それ以外にもいくつか詩編を口ずさむ場面がある。英国で十分な教育を受けた女性には、馴染み深い詩なのかもしれない。)

18番は、詩に登場する美しい「あなた」を夏に例えながら、情熱的に「あなた」への想いを歌い上げる詩だ。
全ての美しいものが移ろい色褪せてしまっても、「あなた」はうつろわず、美しさを失うこともない、「あなた」は詩の中で時と溶け合い、永遠に生き続ける。そういう歌らしい。

季節こそ10月だが、美しい風景を見ながらレスリーが、ロドニーの傍らでこの一句を呟く。それは詩という形を借りた、レスリーからロドニーへの愛の告白に思える。だがロドニーはこの詩をよく知らなかったため、自宅に戻り妻に詩の全文を暗唱して貰った後、レスリーを理解しようとする。そしてレスリーが死してなお、レスリーを想い続けるロドニー。

ロドニーもレスリーもお互い妻子のある身だが、それを踏まえても、プラトニックで美しい悲恋だなあ、と感じた。

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洋書の無料電子図書館 “Project Gutenberg” 使い方や感想など

洋書を何冊でも無料で読める電子図書館がありました。

Project Gutenberg (プロジェクト・グーテンベルク)
https://www.gutenberg.org/

“Project Gutenberg”の説明

Project Gutenbergは海外の著名な小説・書物のうち著作権が切れたものを、無料で読むことのできるウェブサイトです。「シャーロックホームの冒険」・「不思議の国のアリス」など、現時点で54,367作品がこちらのサイトに保存されています。

著作権の切れた日本の文学作品をウェブ上で無料で読むことのできる青空文庫というサイトがありますが、プロジェクト・グーテンベルクは青空文庫の海外版、主に洋書が取り扱った無料電子図書館です。

プロジェクト・グーテンベルクはアメリカの大学生が創始したサイトなので英語で書かれた作品が多いですが、フランス語・ドイツ語・イタリア語から、中国語ラテン語・タガログ語に至るまで、幅広い言語で書かれた作品が保存されています。

筆者が日本人の著作や日本に関する書籍も、数は多くはありませんが、保存されています。小説では、夏目漱石「坊っちゃん」、小泉八雲「怪談」等があり、日本の神話や日本の女性についてなど、外国の方から見た日本が書かれた学術書もあります。

また、選んだ作品をどう読むかも読者が選択できます。
HTML形式を選んでWeb上で作品を開いて読んだり、テキスト形式を選んでパソコンにダウンロードして単語のメモを取りながら読んだり、Kindle形式を選択してDropBox・GoogleDrive・OneDriveに作品を保存したりできます。

但し、ホームページは全て英語で書かれていますので、使いこなすには多少の英語力が必要です。

洋書の電子図書館”Project Gutenberg”の使い方

英語の苦手な方向けに、本の探し方を簡単にご説明します。

1. 下記のリンク(下線の部分)をクリックし、Project Gutenbergのサイトを開きます

Project Gutenberg (プロジェクト・グーテンベルク)
https://www.gutenberg.org/

2. サイトが開いたら、画面上部にある検索ボックスに、読みたい本の著者の名前や著作名を半角英数字で入力します。
  ここでは仮に、新渡戸稲造「武士道」を検索したいと思いますので、「nitobe」と入力しました
  ※日本語や全角英数字は文字として認識されませんのでご注意下さい

洋書の無料電子図書館Project Gutenbergで、読みたい本を検索する方法を説明しているスクリーンショット。Project Gutenbergのwebsiteのトップ画面が開かれており画面最上部にあるsearch boxに「nitobe」と入力されている。

 入力を終えたら、検索ボックスの右側にある虫めがねのマークをクリックし、検索を開始します。

3. 検索結果が表示されました。
  検索結果の中から、読みたい本を選び、リンクをクリックします。

洋書の無料電子図書館Project Gutenbergで読みたい本を検索する方法を説明しているスクリーンショット。画面2(新渡戸稲造「武士道」を検索して検索結果が1件表示された画面)

4. 最後に、どの形式で読むかを選択します。
  とにかく読めればいい!という方は、「Read this book online: HTML」の箇所をクリック下さい。

洋書の無料電子図書館Project Gutenbergで読みたい本を検索する方法を説明しているスクリーンショット。画面3(新渡戸稲造「武士道」をどの形式で読むか選択する画面。ここではHTML形式を選択している)

5. 本の中身が表示されました。

洋書の無料電子図書館Project Gutenbergで読みたい本を検索する方法を説明しているスクリーンショット。画面4(新渡戸稲造「武士道」のタイトルがwebサイト上にHTML形式で表示されている)

本によっては最初に訳者による注釈が書かれている場合があるので、本文から読む際は、少しスクロールして本文を探し出してからお読みください。どの本も上から順に、

 「PREFACE」(はじめに)
 「CONTENTS」(目次)
  (本文)

という構成で書かれていることが多いです。

ジャンルごとに本を選ぶ場合は

現時点で”Project Gutenberg”には22のサブカテゴリーが用意されているので、ジャンルごとに読みたい本を探すことも出来ます。

1. 下記のリンク(下線の部分)をクリックし、Project Gutenbergのサイトを開きます

Project Gutenberg (プロジェクト・グーテンベルク)

2. “Project Gutenberg”のトップ画面の左の列にある「Book Categories」のリンクをクリックします
  右側の画面が切り替わり、サブカテゴリーごとに分類されている画面が見えるようになります。

洋書の無料電子図書館Project Gutenbergで読みたい本をジャンルごとに探す方法を説明しているスクリーンショット。画面1(Book Categories」のリンクをクリックした後の画面)

 サブカテゴリーはいくつかの本棚(Bookshelf)に分かれており、更に詳細に本を絞り込むことができます。
 例えば、「Fine arts」(美術)のサブカテゴリーは、「Architecture」(建築)と「Art」(美術)の本棚に分かれています。

洋書の無料電子図書館Project Gutenbergで読みたい本をジャンルごとに探す方法を説明しているスクリーンショット。画面2(subcategoryの欄でArt bookshelfへのリンクをクリックした画面)

それぞれの本棚のリンクをクリックすると、著者と著作名が一覧になった画面が開いて、本を選ぶことが出来るようになっています。
ここでは「Art」(美術)の本棚を開いてみました。下にスクロールすると、書籍一覧の中にレオナルド・ダ・ヴィンチのノートやレンブラントの解説書が表示されているのが分かります。

洋書の無料電子図書館Project Gutenbergで読みたい本をジャンルごとに探す方法を説明しているスクリーンショット。画面3(subcategoryの欄でArt bookshelfのリンクを開いた後の画面)

“Project Gutenberg”を使ってみた感想

洋書を購入する前に、試し読みとして使えるのが気に入っています。全世界で聖書の次に売れていると言われるアガサ・クリスティの作品まで、無料で公開されていました。

 アガサ・クリスティ「スタイルズ荘の怪事件」(名探偵ポアロシリーズ)
 http://www.gutenberg.org/ebooks/863
 アガサ・クリスティ「秘密機関」(トミーとタペンス・シリーズ)
 http://www.gutenberg.org/files/1155/1155-h/1155-h.htm
 
先日ラダーシリーズで読んだディケンズの”Oliver Twist”も無償公開されていました。こちらはイラスト付きです。
(イラスト付きの書籍は、画像を読み込むのに時間がかかるので、Webページが全て開くまでに少し時間がかかります)

 チャールズ・ディケンズ「オリヴァー・ツイスト」
 http://www.gutenberg.org/files/46675/46675-h/46675-h.htm

小説だけではなく、歴史書や美術解説などの学術書などもあります。レンブラントの作品と解説が掲載されている本も、少し拾い読みさせて頂きました。

 Estelle M. Hurll「Rembrandt」
 http://www.gutenberg.org/files/19602/19602-h/19602-h.htm

ただ、Html形式で開くと、本の拾い読みをするには丁度いいのですが、英和辞書で調べた英単語の意味を小説の余白にメモしておくことができず、困りました。特定の著作を本格的に読み込みたい方は、テキスト形式でダウンロードして、パソコンに保存してから読む方法をおすすめします。この方法であれば、お好きなところにメモをとることができます。

洋書など、母国語ではない書籍を読む場合、書籍の内容が自分の興味に沿うかどうかに加えて、自分と書籍の英語レベルが合っているかも関わってきます。そのため、本屋さんで大枚をはたいて購入しても、結局殆ど読まなくなってしまった本が何冊かあります。
そうした状況は本にとっても自分にとっても悲劇なので、買って読まなくなるくらいなら”Project Gutenberg”を上手に使った方が良いかな、と最近は思っています。

Project Gutenberg (プロジェクト・グーテンベルク)

「魔性の子」(小野不由美 著) あらすじと読書感想文

十二国記シリーズの一作なのに、電灯を消すのが怖くなるほど、ホラー要素の強い小説。だが、エスカレートする怪事件と、次第に逃げ場を無くしていく高里と広瀬が気になって、先を読まずにはおられないかった。

「魔性の子」のあらすじ

※初版本(平成3年発行)のストーリーを、ストーリーのさわりの部分のみ記載

主人公広瀬は、教育実習生として3年弱ぶりに母校の高校へと戻ってきた。3年弱の間に制服は変わり、校舎は街外れへと移転して真新しくなり、校内の地図を見ながらでないとかつて入り浸っていた化学準備室の場所も分からず、広瀬は部外者の様な何のよすがもないところへ来ているような、寄る辺のなさを感じる。それは広瀬が、気が滅入った時に必ず感じる、「帰る場所のない気分」によく似ていた。

特別教室棟の一角に何とか化学準備室を見つけ、実験用具やメモや油絵具が雑然と置かれた場所で教育実習の担当教官であり恩師でもある化学教師の後藤に再会すると、ようやく広瀬の疎外感は薄らいでいった。

後藤に連れられ、担当する2年6組の教壇で出席を取った際、広瀬はクラスに不思議な生徒がいるのを目にする。高里という名のその生徒は、外見は闊達とした成長期の若者のそのものだが、立ち居振る舞いが外見と不釣り合いなほど静かで、不思議と目を引いた。
広瀬自身、高校時代は遅刻欠席の多いはみ出し者の問題児だったが、「広瀬ははみ出したくてはみ出していたが、高里は群れに入りたいのに入れなくてはみ出しているところが違う」と後藤は言う。

教育実習3日目に、高里が1人教室で居残っているのを見かけ、広瀬は高里に話しかけた。その直後、高里の足元を何か獣のようなものが走り抜けていったように広瀬には思えたが、それが何なのかは判然としなかった。翌日の昼休み、かつての広瀬と同様化学準備室にたむろしている学生達に高里の話を向けると、高里と同じクラスの生徒築城から「高里は小学生の頃神隠しに遭っている」「高里には関わらない方がいいんだ」と聞かされる。

実習5日目のホームルームの時間に、2年6組が体育祭の準備をしていると、2年のクラスにやってきた3年の橋上が、神隠しのことで高里をからかう。と、広瀬には、クラスの全員に強い緊張が走ったように思えた。高里の目の前で神隠し情報のリーク元扱いされた築城はやっきになってその事実を否定し、からかい続ける橋上に高里は僅かだが眉をひそめた。

その日の放課後、化学準備室に学級委員が飛び込んで来、体育祭の準備をしていた築城が同級生の扱っていた鋸で脛を切られたと聞かされる。広瀬が保健室に急ぐと築城は既に帰宅した後だったが、養護教諭の十時先生から、同じ日に釘で手を打ちつけた男子生徒がおり、その名前は3年の橋上だと聞かされる…

「魔性の子」の説明

小野不由美さんの代表作、十二国記シリーズの一作。十二国記シリーズは主に異世界を舞台とするファンタジー小説でホラー要素はないが、本書はシリーズの一作ながら、ファンタジー要素よりホラー要素が強い
高里が登場する「風の海 迷宮の岸」(上下巻)と「黄昏の岸 暁の天」(上下巻)とあわせて読むと、本書では多く語られていない高里と十二国の関係をより深く理解できる。

現在発売されている十二国記シリーズの書籍は、下記の通り。(下にいくほど新しい)

「月の影 影の海」(上巻・下巻)
「風の海 迷宮の岸」(上巻・下巻)
「東の海神 西の滄海」
「風の万里 黎明の空」(上巻・下巻)
「図南の翼」
「黄昏の岸 暁の天」(上巻・下巻)
「華胥の幽夢」(短編集)
「丕緒の鳥」(短編集)

新潮社の十二国記公式サイトへは、下記のリンクよりどうぞ。
 http://www.shinchosha.co.jp/12kokuki/

「魔性の子」の読書感想文

本書は、ホラー小説である。ファンタジー小説の要素も含んではいるが、読み進むにつれ、背後を振り返って誰もいないことを確かめないと理由もなく怖いという症状が2~3日続くので、ホラー小説だと思う(笑)

怖いものがあまり得意でない私は普段ホラー小説を読まないが、この一作は高校時代に出会ってから社会人になった現在に至るまで、手元に置き続けている。先日数年ぶりに読み返したが、ストーリーの細部の記憶をなくしていたこともあり、時間を忘れて貪り読んだ。加齢で集中力が途切れがちな昨今、ふと時計を見たら2時間半過ぎていたというのは、貴重な経験である。

小野不由美さんは「東亰異聞」や悪霊シリーズから現在に至るまでホラー小説を書き続けている方だと存じてはいるものの、文から行間から漂ってくる怖さが尋常ではない。0時半までに眠らないと明日の仕事に差し障ると分かってはいるのに、読後布団に入ると電灯を消しづらく、心を決めて電灯を消した後も、闇の中から暗い影が立ち上ってきそうな気がして眠りづらい(笑)

なら平日の夜に読まなければいいじゃないかとお叱りを受けそうだが、会社員は夜しか自由な時間が取れないし、小野不由美さんの作品はどれもすこぶる長いのに読み始めると止まらないので、遅読な人間はいつ読み始めても夜の時間を過ごさざるを得ない(笑) そんなこんなでちょっと困った小説なのだが、忘れた頃にまた読み始めてしまうあたり、自分は好事家を通り越して阿呆じゃないかとさえ思えてくる。それでも、ホラーでもファンタジーでも、小野不由美さんの小説を読めれば幸せなので、もう阿呆でも何でも本望である。

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「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」(アガサ・クリスティー 著) あらすじと読書感想文

小説全体から溢れる、溌剌とした雰囲気がお気に入り。名探偵ポアロ氏が登場しない作品だが、アガサクリスティ女史の作品はハズレがない。

「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」のあらすじ

※全35章中第1章のあらすじのみを記載

ウェールズの海辺の町に住むボビイ・ジョーンズは、トーマス医師とゴルフの16番ホールを回っていた。
ボビイの打ったゴルフボールは、右方向へすっ飛び、視界から見えなくなってしまう。残念ながら逆光であたりは思うように見えず、しかも太陽は沈みかけており、海辺からは薄もやまで立ちこめてきていた。ボビイには叫び声のようなものが聞こえた気がしたが、トーマス医師には何も聞こえなかった。ボールは何とか見つかったが、ボビイはボールをコースに戻すことが出来ず、16番ホールをギブアップする。

17番ホールはボビイの苦手なコースで、コースの途中に深い割れ目がある
割れ目を飛び越すようにしてボールを打たねばならないが、ボビイの打ったボールはこれまた見事に、割れ目の深淵へと落ちて行った。またしてもボールを探す羽目になったボビイが、崖を歩いて下っていくと、割れ目の下の方に何か黒っぽいものがあることに気付いた。

トーマス医師とともに割れ目を下へ下ってみると、黒っぽく見えたものは、背骨を折り、意識を失った姿の40歳くらい男だった。

トーマス医師は既に手遅れだと診断し、人を呼ぶために男とボビイを残してその場を立ち去る。
ボビイが男のそばに腰を下ろし、煙草を吸いながら、男の陽に焼けた肌と機知と魅力に富んだ顔立ちを眺めていると、男はパッチリと目を開けて、真っ直ぐにボビイを見、はっきりとこう言い残して息絶えた。

「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」

「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」について

原題は”Why Didn’t They Ask Evans?”。
著者はAgathe Christie、訳者は田村隆一。
ハヤカワ文庫、定価860円(税抜)。

「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」の読書感想文

※本書のネタばれを含みます。問題ない方のみ続きをお読みください。

アガサ・クリスティーの作品は、何といっても名探偵エルキュール・ポアロシリーズが好きだが、本作品に名探偵は出てこない。
代わりに、素人迷探偵が男女2人も登場する。

迷探偵はゴルフが下手で牧師の息子であるボビイと、お転婆の貴族令嬢フランキー(フランシス)の2人だが、2人は幼馴染みだけあって、会話のテンポが小気味良い。
慎重派のポアロ氏とは似ても似つかないほど、ボビイとフランキーは捜査の早い段階からあれこれ推理し合い、高級車ベントレーを飛ばして動き回っては、潜入捜査も辞さず大胆に調査を進めていく。

ポアロ氏を頭脳派とすると、ボビイとフランキーのコンビはアクション派だ

ぽんぽん飛び交う会話や、若い2人の行動に合わせて次々と舞台が移り変わっていくのが、ポアロシリーズにはない魅力だった。推理の方は素人探偵らしく、右に寄ったり左に折れたり大きな落とし穴に嵌ったりするが、それもまたボビイやフランキーの若々しさを感じられて、気持ちが良かった。

そして、肝心の「エヴァンズ」は、本書の最後の最後までどこの誰だかさえ判然としない。ようやく誰か分かったと思ったら、居場所がまたとんでもない(笑)
こんな読者がみなずっこけるようなオチを、よくも思いついたものだ。

アガサ・クリスティーの小説は、有名無名問わずハズレがなさすぎる。何を買ってもお金を損した気分にならないのは、読者としては有難い限りである(笑)