「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」(アガサ・クリスティー 著) あらすじと読書感想文

小説全体から溢れる、溌剌とした雰囲気がお気に入り。名探偵ポアロ氏が登場しない作品だが、アガサクリスティ女史の作品はハズレがない。

「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」のあらすじ

※全35章中第1章のあらすじのみを記載

ウェールズの海辺の町に住むボビイ・ジョーンズは、トーマス医師とゴルフの16番ホールを回っていた。
ボビイの打ったゴルフボールは、右方向へすっ飛び、視界から見えなくなってしまう。残念ながら逆光であたりは思うように見えず、しかも太陽は沈みかけており、海辺からは薄もやまで立ちこめてきていた。ボビイには叫び声のようなものが聞こえた気がしたが、トーマス医師には何も聞こえなかった。ボールは何とか見つかったが、ボビイはボールをコースに戻すことが出来ず、16番ホールをギブアップする。

17番ホールはボビイの苦手なコースで、コースの途中に深い割れ目がある
割れ目を飛び越すようにしてボールを打たねばならないが、ボビイの打ったボールはこれまた見事に、割れ目の深淵へと落ちて行った。またしてもボールを探す羽目になったボビイが、崖を歩いて下っていくと、割れ目の下の方に何か黒っぽいものがあることに気付いた。

トーマス医師とともに割れ目を下へ下ってみると、黒っぽく見えたものは、背骨を折り、意識を失った姿の40歳くらい男だった。

トーマス医師は既に手遅れだと診断し、人を呼ぶために男とボビイを残してその場を立ち去る。
ボビイが男のそばに腰を下ろし、煙草を吸いながら、男の陽に焼けた肌と機知と魅力に富んだ顔立ちを眺めていると、男はパッチリと目を開けて、真っ直ぐにボビイを見、はっきりとこう言い残して息絶えた。

「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」

「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」について

原題は”Why Didn’t They Ask Evans?”。
著者はAgathe Christie、訳者は田村隆一。
ハヤカワ文庫、定価860円(税抜)。

「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」の読書感想文

※本書のネタばれを含みます。問題ない方のみ続きをお読みください。

アガサ・クリスティーの作品は、何といっても名探偵エルキュール・ポアロシリーズが好きだが、本作品に名探偵は出てこない。
代わりに、素人迷探偵が男女2人も登場する。

迷探偵はゴルフが下手で牧師の息子であるボビイと、お転婆の貴族令嬢フランキー(フランシス)の2人だが、2人は幼馴染みだけあって、会話のテンポが小気味良い。
慎重派のポアロ氏とは似ても似つかないほど、ボビイとフランキーは捜査の早い段階からあれこれ推理し合い、高級車ベントレーを飛ばして動き回っては、潜入捜査も辞さず大胆に調査を進めていく。

ポアロ氏を頭脳派とすると、ボビイとフランキーのコンビはアクション派だ

ぽんぽん飛び交う会話や、若い2人の行動に合わせて次々と舞台が移り変わっていくのが、ポアロシリーズにはない魅力だった。推理の方は素人探偵らしく、右に寄ったり左に折れたり大きな落とし穴に嵌ったりするが、それもまたボビイやフランキーの若々しさを感じられて、気持ちが良かった。

そして、肝心の「エヴァンズ」は、本書の最後の最後までどこの誰だかさえ判然としない。ようやく誰か分かったと思ったら、居場所がまたとんでもない(笑)
こんな読者がみなずっこけるようなオチを、よくも思いついたものだ。

アガサ・クリスティーの小説は、有名無名問わずハズレがなさすぎる。何を買ってもお金を損した気分にならないのは、読者としては有難い限りである(笑)