デッサン教室のご紹介 ~N先生の個人絵画教室~

社会人になってから今までに、3つの絵画教室でお世話になった。
絵画教室は、教室によって雰囲気や学び方が異なるので、ここで1件ずつご紹介してみようと思う。

N先生の個人絵画教室

私が初めて通った絵画教室は、とても自由度が高くおおらかな教室だった。

必須カリキュラムは、鉛筆デッサン6枚だけ

体験入学を経て教室に入った生徒みんな、最初に2B鉛筆と練り消しゴムだけを使い、6枚だけ鉛筆デッサンを描く。

 1. 白いプラスチックの植木鉢 (明暗を描く練習)
 2. 色つきの花瓶 (色のついたものを描く練習)
 3. リンゴ1つ (丸いものを描く練習)
 4. リンゴ1つと半分 (2物の関係を描く練習)
 5. ワイングラス (透明なものを描く練習)
 6. ランプ (中身のあるものを描く練習)

この6枚で絵画の基礎を学んで、後は自分の描きたい題材・使いたい道具(画材)で好きなものを描いていった。

好きなモチーフ・画材を選んで描く

例えば、鉛筆6枚・水彩2枚を描いた30代の女性は、その後パステル画に目覚め、写真や教室に置いてあるモチーフ(花・お人形など)を用いて、美しいパステル画を5枚も10枚も描き上げられた。
また別の女性(60代)のように、鉛筆6枚を仕上げた後、パステルで2枚、水彩で3枚、油絵で5~6枚と、いろいろな画材にチャレンジすることを楽しんでおられた方もいる。

描かれる題材も、花・野菜・ガラスビン・コーヒーミル・お人形・自分や姪っ子の顔・風景画などありとあらゆるものを、生徒が自分の興味に合わせて選ぶ。N先生も「これはちょっと難しいわ」などど仰られながらも、生徒の描きたいものを全面的にサポートして下さっていた。

私はと言うと、2Bの三菱鉛筆1本で描きあげる楽しさにすっかりのめり込んでしまい、必須カリキュラムの6枚を仕上げた後3~4年が過ぎても、画材は2B鉛筆と練り消しゴムしか使ったことがないという有様だった(笑) 
写生会があった時も、初めての教室展覧会を開いた時も、2B鉛筆を相棒に、1枚3~4ヶ月をかけてゆっくりと絵を描くことを楽んだ。

お茶の時間

特に気に入っていたのが、N先生の教室にはお茶の時間があったことだ。
毎週木曜日か土曜日の13時頃から集まり、イーゼルを組み立ててから絵を描き始めるのだが、15時を過ぎるころになると、誰からともなく「そろそろお茶にしよう」という声を上げ始める(笑)

お中元で貰った余り物のお菓子を持ち寄ったり、食べたかったお菓子をスーパーで買い込んで来たり、先生がきちんとご用意して下さっていたりして、教室では不思議なほど、お菓子が尽きることがなかった。

夏も真冬もお茶を煎れ、お菓子の乗った机を囲みながら、近所のおいしいパン屋さんの話や額縁の選び方の話など、他愛もない話に花を咲かせていたことが、今となってはとても懐かしい。

絵画教室の生徒たち

先生が快活でお話好きな女性だった所為か、生徒の側もほぼ100%が女性で、みんな「おしゃべり大好き!」という雰囲気から滲み出ていた(笑) 下は20代から上は80代まで幅広いのだが、先生が上手に教室を取りまとめてくださっていたので、特に揉め事が起こるようなこともなかった。

当時の私は最年少と言っていいほど年齢が下だったのだが、主婦として仕事人として十二分に生きてこられた方と毎週話していると、物凄く勉強になった。しかも、仕事の進め方や姑との接し方、おいしいお菓子に選んではいけない男性のタイプまで、話題は幅広く話していてとにかく楽しい! おしゃべり大好きな女性に見せてあげてたいくらいだった。

N先生

出会ったとき既に60代だったN先生の本職は、ある組織の経理・人事の事務員。N先生は同じビルの2階の一室を借り、木曜日と土曜日の午後に生徒を集めて、絵画教室を開いてらした。

N先生と出会ったのは私が25歳頃のことで、絵とは全く無縁のあるセミナー会場だった。私と先生の2人だけが偶然帰路が同じ方向で、「せっかくなのでお茶でも飲んで帰りましょう」という話になり、私が時折利用する喫茶店で初対面の先生と3時間話し込んだが、私にとって無上の僥倖になった。
その時初めて、N先生が絵画教室を開かれていることを知り、「絵がお好きなら是非見にいらっしゃいよ」と誘われるがままに、絵画教室に通うという世界への1歩を踏み出した。

あの日先生と出会っていなかったら、喫茶店でお茶を飲まなかったら、と思うと、不思議な気分になる。あの一日がなければ、私は未だに絵への情熱を忘れ、日々の生活に追われるだけの社会人として過ごしていたかもしれない。

私と出会ってから数年のちに、先生は大腸癌にかかられ、闘病むなしくその年の暮れにこの世を去られた。

「先生からもう少し絵を教わりたかった」というのが、私の正直な気持ちだ。先生が亡くなられてから5年以上経っても、この気持ちが変わることはなかった。
先生から教わった絵は、とても楽しく明るい気持ちのものだったので、私が絵を描くことを心から愛していられるのは、N先生のおかげであろうと思っている。