「オリエント急行の殺人」(アガサ・クリスティ)の読書感想文

英国が世界に誇る、推理小説の名作。実際に読んでみるまで、こんなにも切ないお話だとは知らなかった。



「オリエント急行の殺人」の読書感想文

※本作品とアガサクリスティ「カーテン」のネタバレを含みます。問題ない方のみ続きをお読み下さい。

・犯罪被害者家族の苦しみ

殺されたり自殺に追い込まれたりして、命を落とした犯罪被害者の方々。その方々ご本人の苦しみは筆舌に尽くしがたいものだったと思うが、この小説で焦点になっているのは、家族が犯罪に巻き込まれ、家族の1人ないし複数人を理不尽に失った方々だ。「犯罪被害者家族」とここでは呼びたい。

失われた家族には何の非もなく、家族は加害者への怒りと憎しみ、残された苦しみや辛さを味わい続ける。しかも、加害者は法の下では裁かれず、被害家族のような苦しみを味わうことなく、被害者の命を元手に巻き上げた大金で、悠々自適の暮らしをする。

社会通念上、このような理不尽が許されていいのだろうか、という命題を本書は投げかけている。

・法で裁くことのできない犯罪

法で裁くことのできない犯罪、という命題は、アガサクリスティの作品で時折見受けられる。ポアロ氏最後の推理「カーテン」もその一つで、こちらも印象的だが、私はオリエント急行の方に、より強く苦しみと悲しみを感じた。

加害者が何の苦もなく暮らし、被害者家族が苦しみ続けるということは、社会通念上あってはならないが、法律上ではありえてしまう。
法で出せなかった答えを、誰がどう出すか。名探偵の出した答えの1例がカーテンであり、犯罪被害者家族の出した答えの1例が、こちらのオリエント急行殺人事件だと思う。

どちらのケースも、数ある答えの1つでしかない。この2例以外にも無数の答えがあり、解決策があるだろう。だが、被害者家族たちの出した答えは、間違っているとは心情的に言い難い。法を守るべき一市民としてはあってはならないのだろうが、この小説を読み、法を遵守しきれなかった被害者家族を糾弾できる人は、人であって人でないような心持ちがする。「素晴らしい」と手放しでは言えないが、「よくやった、もう苦しまなくていい」と励まし、ねぎらってやりたい、そんな気持ちになる。

・ポアロ氏の2つの解答

なので、ポアロ氏の提出した2つの解答には、喝采をあげたい気持ちになった(笑) 最初に目次に目を通した際、最終章が「ポアロ、2つの解答を提出する」と書かれており、「??」となったが、読後はポアロ氏の配慮に痺れた。



■テレビドラマ版「オリエント急行殺人事件」

ポアロシリーズは原作とデヴィッド・スーシェ主演のTVドラマシリーズの両方を
楽しむ派だが、本作のTVドラマ版は、映像が非常に美しかった。
オリエント急行の内装の美しさもさることながら、オリエント急行を彩る風景の美しさは、言葉では表現しがたい。暮れゆく日、降りしきる雪、雪深い景色に立つ人々…。

原作から多少ストーリーが変えられており、原作であれほどのインパクトを放ったミセス・ハバードの出番が少ないのがちょっと気にかかるが、それを差し置いても、一見の価値ありである。